名取晴甫
この文章は平成3年10月2日に、従来の和光市役所の一画にあった旧和光市中央公民館で行われた
市民大学講座で語られたものです。
これから、音楽のいろいろなことをお話ししながら過ごしたいと思います。
話の中で聞き取りにくかつたり理解出来ないことがあつたりしたら、
話の途中でも結構ですから手をあげて質問してください。
あいまいなところがないようにしてお家に帰つていただきたいと思います。
| ■ 弦楽器の話 |
| ■ 「弓の話」の話 |
| ■ 「チェロ音楽」の話 |
| ■ 「民族の音色」の話 |
| ■ 「発声法」の話 |
| ■ 「五感と弦」の話 |
| ■ つむぐ思い |
| ■弦楽器の話 最初に、弦楽器の話方ら入っていさたいと思います。弦楽器というのは、だいたい松と楓でできていますが、中には洋梨の木でできている楽器もあります。年代は古く1500年代だと思います。最も有名な人はストラディヴァリさんです。彼より少し前の人でニコラアマティという人がいました。この人が作ったアマティという楽器は、非常に甘い音がする楽器です。私も一時期手にしていましたけれども、この時期はあまり勉強しなくなってしまいました。それほど音が甘くかすれが少ない楽器です。クレナモのアマティという楽器とストラディヴァリとガルネリは三大名器と言われています。 楽器にする木は、何でもいいというわけではなく、山の北斜面で日当たりの悪いやせ地に何十年もかかって大きくなった木がいいと言われています。そうでないと木目が荒く、きめの細かい音がしないんです。だからやせ地で何十年、何百年とたたないと名器が作れるほどの材木にはならないということですね。 楽器の音の大きさというのは、やはりハコによって決まると思います。最近では、いい材料を使わない代わりにボディを大さくして、やたらに大きな音がする楽器がありますけれど、1時間なり2時間なり聞いていただくためには、調節によっていろいろの音色が出る楽器でないと、退屈することになってしまいます。ただ単に、音が大きいか小さいかというだけで、乱暴に大さい音がでればよいというものではありません。 それから、あまりいい楽器を手にすると勉強しなくなります。先程もふれましたが、僕はクレモナを2台か3台使いました。それを持って演奏会などで弾いていると、みんなが「いい音だね」と言ってくれます。自分も「そうだ、いい音だ」と思って弾いているものですから勉強をしなくても満足してしまった、ということだと思います。 今、僕が使っているチェロは、そんなに名器ではありませんが、260年位前に作られたものです。僕が手に入れて10年程たつから270年ものということになりますね。この楽器は日本にもお見えになった、ある国王のコレクションの楽器です。国王は小柄な人でしたから、駒をかなり上に立てていました。僕が手にしてから、国王の駒の位置がこの楽器の所定の位置と思い、鳴らしてみたところ変な音でした。「変な音が出る楽器だけど、きっといまにいい音になるはすだ」と思って我慢して使っていました。ある時、試しに普通の位置に駒を立てて弾いみたら張りのあるいい音が出ました。 |
| ■「弓の話」の話 弓というのは、たぶん最初はほんとうに弓矢の弓みたいな形をしていたれですね。それがいつの間にかこういう形になったのです。 たまたまワインの桶に使っている木で作ったら、いい弓がでさたのです。 要するに、フランス人がワイン樽にしていた木を、弓作りの人が使って作るようになったんですね。たかがこんな棒一本がとんでもない高い値段のものがあるのですね。 ある有名なチェリストが日本に演奏に来ていたとき、弓が盗難にあってしまって当人もびっくりしたけどマネージャ−も、コンサートでその弓がないと弾けない曲が沢山あるので大変だった事があるそうです。楽器もそうですがやはり弓もよい物を使うと、むずかしいところが弾きやすくなると思いますけど、なかなかそんなに高値な弓はもてませんね。 |
| ●「チェロ音楽」の話 チェリストとして、初めて給料をもらえた人は、ペトロニオ・フランチェスキーニ(1670年頃)という人で、ボローニャの教会に雇れれていました。しかしチェロ音楽が急激に発達したのは、バイオリンのパガニーニという名人がでてきてからで、その頃から追いつけ追い越せになりました。その当時のチェロの先生は、チェロを教えるというよりも「バイオリンの人が何をやつているかよく見なさい」というようなものでした。昔は、チェロはただ単に他の楽器を助けるという意味の楽器でした。チェロが旋律を弾くということはなかったのですね。チェロは、ピアノやバイオリンの響きがちょっと足りない所と歌手が歌っている間に引っ張っているだけで、チェロ自体は別になんでもない、背景みたいなものだったのです。 だから、デンと座ってガッと楽器を構えると、もうそれを見ただけで「ああ、負けたなあ」という感じがしてしまいます。ユダヤ人の体は、やはり楽器に向いている体つきだと思います。従って出る音もフォルテになったから音が大きいというのではなく、小さい音を出しているときでも音に太さがあるのです。 |
| ■「民族の音色」の話 私達日本人が楽器を奏でると、誰でももっている日本人特有の音色というものがあります。つまり民族がもっている音色があるということです。 日本人の音色は、ちよっと音が細いのが特徴です。歌でも、バイオリンでも、ピアノでも線が細い。だけど、非常に透明感のある音です。 お隣の韓国人は、歌を聞いていると「どうしてこんなに熱唱できるのかなあ」と思うほど情熱的です。やはりキムチや焼き肉を食ベる民族だから、熱っぽく情熱的なのかも知れません。 中国人の音色は、日本人に近い音色です。しかし中国人の指はびっくりするほどよく回ります。特別こ指の訓練をしているとは思えないのによく回ります。きっとカンフーなどと関係があるのかな、と思うくらいです。 みなさんがよくレコードなどでお聞きになるような、名演奏家は(少しオーバーな言い方をすると)ほとんどがユダヤ人です。ユダヤ人の音というのは、音にアクがあると思います。つやがかったような何ともいえないアクをもっています。ユダヤ人は世界で一番いい筋肉を持つていると言われています。二番目にいいのは日本人の筋肉であるということですから、我々も訓練すれば名演奏家になれそうなものですが、どうしてもユダヤ人にはかなわないようです。だいたい体のサイズがちがいます。ユダヤ人は体のサイズがたっぶりしていて、中年を過ぎてくると、胸板や腰が大変発達してきます。 |
| ■「発声法」の話 イ夕リアの発声は、出た声を頭へ響かせようとする発声法です。 遠くへ飛ばすということです。日本人は、喉を詰めたようにして発声しています。四畳半でチンチロリンなどをやっていましたから、そんなに遠くへ届く声でなくてもいいのですね。このへんに根本的な違いがあるように思います。 ドイツ人に、ドイツの発声について聞いたところ、イタリアのヘルカントという発声法ほ勉強するけれども、他の団の発声法は勉強しない、と言っていました。そして、そこの国の言葉を良く理解すると、その国の一番正しい発声になる、といっていました。 チェロでドイツの音楽を演奏する時は、弓を引くとき、一番低い、一番圧力のかかる場所にかけて引きます。そして、あまり速い弓で弾かないようにします。そうするとドイツ音楽らしい響きが出ます。 フランスの音楽を弾く時には、弓を速くして弾きます。ドイツ音楽よりずっと速い弓です。イタリアの音楽を弾く時には、楽器に音が付いているようでは、イタリアの音楽らしい響きにはなりません。 楽器からいかにして音をパーッと離して遠くへ飛ばすが、ということをよく研究しないと、イタリアの音楽らしくなりません。 |
| ■「五感と弦」の話 少し難しいと思いますが、五感と弦の接点ということでお話します。僕の若い頃は、音を出す時に指を回すことばかりに熱中していました。音楽に向かう情熱でいい音を出そう、いい音を出そうとしていました。そうすると確かにいい音が出るようになります。50歳を過ぎた頃から、音の中に「疲れ」とか「ため息」というようなものが表現できるのではないか、と思うようになりました。60歳を過ぎた時に初めてベートーヴェンの作品の中で「ああ」というため息がいっぱいある、と感じることができました。 音の表現というのは、音が出た時にはもう表現は終わっているのです。弦楽器の場合で言うと、弓をあてて音を出す瞬間がその音の命であり、表現する瞬間なのです。音が出たら後はきれいに振るわせて、その音をキープするだけです。もう何の意味もありません。 ですから音を出す瞬間瞬間に、作曲家が何を言いたいのか、それから自分の胸にどういうふうに響いているのか、ということを意識することです。音が出たその瞬間に、命が相手に飛び込んで行くか行かないかは、弾き手の技量や心にもよりますが、聞いているみなさんの、心の開き方にもあると思います。 私はクリスチャンですので教会で、教会にまつわる曲を弾きみなさんに聞いていただくことがあります。僕はたいしてうまく弾いていないのに、涙を流すほど感動してくれることがあります。聞いている人が心を開いているということと、いい説教の後の演奏ですと弾いている人も身が引き締まってきて、説教を通していい音が出てくる、ということがあるのではないかと思います。 |

| ■つむぐ思い ではこれ方ら、チェロを弾きます。 今日ピアノ伴奏をするのは、僕のワイフです。本当はピアニストではなく、バイオリン弾きです。僕と結婚しなければ、ピアノ伴奏をするはめにはならなかったと思いますが、いつも無理やり伴奏をしてもらっています。二人であまり練習をしていなくても、相手がどのように曲を作りたいかよく理解できます。
|
(1991年10月2日和光市民大学講座の記録から)